Interview 福嶋プロへのインタビュー
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スペシャルトーク
今回のスペシャルトークのゲストは、一度はプロへの道を絶たれた後、会社勤めをしながら挑戦を続け、61年ぶりとなる編入試験を経てプロ棋士となった瀬川晶司さん。ゴルフと将棋の意外な共通点など、話題が盛りだくさんです。
プロになったときは、喜びよりも“ほっとした”気持ち
福嶋晃子
福嶋: サラリーマンからプロ棋士へ転身された瀬川さんの活躍は、テレビのドキュメンタリーで拝見していて、今日はお会いできるのをとても楽しみにしていたんです。一度はプロへの道が閉ざされたのに、そこから這い上がった精神的な強さに感動しました。そもそも、プロ棋士になりたいと思ったのはいつ頃なんですか?
瀬川晶司
瀬川: 将棋を始めたのが小学校5年生のときで、それからしばらくして「プロになりたい」と。でも、子どもですから深く考えていたわけではありません。「好きな将棋をしながら暮らしていける。なんていい仕事なんだ」と単純に思ったわけです(笑)。
福嶋晃子
福嶋: 私がゴルフを始めたのもちょうどその頃。でも、プロを意識したのはもっとずっと後になってからです。父親がプロの厳しさを知っていたから「女の子にそんな苦労はさせたくない」とずっと反対されていました。「やりたいならがんばってみれば」と、理解してくれたのは母のほうでしたね。
瀬川晶司
瀬川: ぼくは末っ子でしたから、親は「好きなことをやればいい」という感じでした。プロ棋士になるには奨励会に入り、クラスを上げていかなくてはいけないのですが、入会したのが14歳のとき。でも、奨励会には「26歳までにプロになれなければ退会」という決まりがあり、ぼくは26歳になっても、だめでした。
福嶋晃子
福嶋: プロ棋士になるためにすべてを捧げてきたのに、年齢制限で諦めなくてはいけないなんて、規則とはいえ辛すぎます。
瀬川晶司
瀬川: 正直なところ、将棋を恨みましたね。プロ棋士を目指してやってきた12年間は無駄だった。将棋さえやらなければ、もっと違う生き方があったのに……。そんなふうに考えて、将棋に関するものをすべて処分して、大学に進学したんです。
福嶋晃子
福嶋: 私はプロテストに一発で合格できましたけど、もし何度挑戦しても合格できなかったとしたら、瀬川さんと同じようにゴルフを恨んでいたかもしれません。でも、瀬川さんがすごいと思うのは、そこから再挑戦されたところ。奨励会以外にはプロ棋士になる道はなかったのに、嘆願書を提出して編入試験を受け、一度は諦めた夢を実現されたストーリーにはクギ付けでした。
瀬川晶司
瀬川: 一時期将棋から離れ、趣味で再開すると、とても楽しかった。奨励会のときは将棋の難しさ、厳しさだけを感じていましたが、「プロにならなければいけない」というプレッシャーから解放されて、子どもの頃のように楽しみながら指せるようになったんでしょう。トーナメントでプロを相手にしても勝てるようになり、ダメもとで一度お願いしてみようと、いろんな方々の協力を受けながら、編入試験のチャンスをいただいたんです。
福嶋晃子
福嶋: 6名のプロ棋士と対局して3局に勝てば合格。編入試験は61年ぶりだったそうですが、緊張されたでしょうね。
瀬川晶司
瀬川: ぼくよりも、対戦相手に選ばれたプロのほうに「アマには負けられない」というプレッシャーがあったと思います。合格したときは、喜び爆発よりも「プロ棋士への新しい道を開くことができた」と、ほっとしたのを覚えています。
福嶋晃子
福嶋: 私もそう。高校生の頃からトーナメントに出場して、ベストアマを獲ったりしていたので、「トップで一発合格は確実」といわれていたんですね。それがプレッシャーで、プロテスト前の一か月で6キロ痩せましたから。結局、トップではなく2位で合格だったんですが、うれしさよりもほっとするほうが大きかったと思います。
福嶋晃子&瀬川晶司
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